絵描きやアーティストを受け入れる空気がある。椎名町や南長崎はそんなまち


人間のエネルギッシュなパワーをユーモラスなタッチで描き、見ていると自然と笑顔になってしまうような魅力にあふれる井上ヤスミチさんの絵。絵本の挿絵やCDジャケットのイラストのほか、看板や壁画など大きな作品も手がけています。

井上さんがご自宅兼アトリエを構えている南長崎には、かつて多くの漫画家を生み出したトキワ荘がありました。トキワ荘はすでに取り壊されてしまいましたが、今でも周辺には当時を偲ぶモニュメントなどが設置され、漫画の聖地としてたくさんの人が訪れています。でも意外にも、画家である井上さんがこの地に引っ越したのは偶然だったとか。


―「以前住んでいたアパートは古い建物で、子どもが3人いるので耐震面などが心配でした。それで引越し先を探していて、たまたま見つけたのが今の家です。トキワ荘にいた藤子不二雄先生は富山の出身ですが、僕も偶然、大学時代だけ富山にいたんです。これもなにかの縁かもしれませんね。普段とくに意識することはないのですが、このあたりには音楽家も多く住んでいるそうで、昔から画家とかアーティストを受け入れる素地があったのかなあと思います」

創作活動も子育ても大切だから。家族みんなが幸せになれるライススタイル。


井上さん、創作活動をしながら3人のお子さん(小5の長男・小2の次男・3歳の長女)の世話や家事にも積極的にかかわっていらっしゃるようです。今のようなライフスタイルになったきっかけはあるのでしょうか。

―「もともと全国のイベントやフェス会場で自作のTシャツや絵、雑貨を販売していたんですが、子どもが生まれてからは何日も家を空けることが難しくなってきました。妻は助産院に勤めているので、土日や夜も仕事が入ることがあります。僕はもともと絵を描く仕事に一本化したいと思っていたので、家での創作活動をメインにして、家事をしたり子どもたちといっしょに過ごす時間を増やすことで、僕も妻も子どもたちも無理がないようなライフスタイルに変えてみたのです。結果的に、地元の人たちと出会う機会が増え、同世代の子育てパパたちともイベントなどで知り合うようになり、自分の絵を通して地域や社会とかかわることができるようになってきたのはよかったと思いますね」

豊島区と新宿区の後援で開催された子どものためのワークショップ「春はのんびりこどものまちをつくろう」(2017年3月開催)や、今年の夏に椎名町のターナーギャラリーで行われた「長崎村の海びらき」も、そうして知り合った地元の方々との縁がきっかけだったとか。


―「『春はのんびりこどものまちをつくろう』は、文字通り子どもたちが主体となって、6日間かけてまちをつくっていくという大がかりでユニークなワークショップでした。役所も銀行も職人さんや起業家なども、みんな子どもが運営します。大人はたまに専門的なことをアドバイスするだけで基本的には口出ししません。僕はスタッフの1人として事前の企画やチラシの制作と当日の見守りをしました。日を追うごとに初対面の子ども同士がやり取りを重ねてまちがまわるようになっていく様子は、見ていてとても刺激的でした。
『長崎村の海開き』は、昔“長崎村”と呼ばれていた東長崎、椎名町界隈のミュージシャンやイラストレーター、企業さんに協力してもらって開催された、地域の方みんなが楽しめるイベントです。僕は事前の企画の一部とチラシの制作と、来場したお客さんみんなでギャラリーの壁に海の絵を描くことのサポートを担当しました。当日は子どもだけでなく大人たちも、大きなギャラリーの壁二面にびっしりと海を描いてくれました。こちらがお願いしたり促したりする必要もないほど、どんどん参加してくれた。海っぽいものを持参すると入場料が半額になるので、皆さん浮き輪やシュノーケルなどを持ってきてくれて。海がない南長崎のギャラリーが愉快な海になって、大人も子どももいい夏の思い出になったんじゃないかな。ここでしかできない企画になったと思います。“海がないのに海びらき”来年もやります。住んでいる町で、町の人達とこういうイベントが企画できたのは嬉しいですね」

 

創作活動と絵を通じた地域とのかかわり。このバランスが心地いい

そして最近では、東長崎・椎名町・江古田界隈のお店にアーティストたちの作品を展示する「まち中つながる展示会」というイベントにも参加しています。

―「このエリアの商店などをギャラリーにして、皆さんにスタンプラリーをしながら作品鑑賞してもらおうという企画です。気軽にアートに触れるだけでなく、作品を通してお店の人や地域の人ともコミュニケーションするきっかけになるのではないかと思います。こうした地域の方と絵を通してつながるイベントにはこれからも参加していきたいと思いますね。あと、これからやっていきたいのはまちのシャッターや壁とか大きなものに絵を描くこと! たまに閉じたままの店舗のシャッターがあったりしますよね。まちなかの、誰もが普段通り過ぎる場所に元気が出るような絵を描きたい。もちろん、営業中のお店のシャッターとか、殺風景になりがちな工事現場とか公共施設の壁とか、それこそ子どもたちといっしょにまちを明るくするような絵が描ければなあと思っています」

インタビュー・文:切替智子
写真:西野正将