都内初!城北エリア(板橋・豊島)から生まれた地域新電力会社

市場が独占的になりやすい電力業界に変革を起こしたい。そんな想いで、渡部さんは創業期のベンチャー企業に転職します。新電力会社の立ち上げをサポートするその会社は、東日本大震災や電力自由化の加速で急成長。しかし、会社の株価の大きな浮き沈みや、行き過ぎたマネーゲームのような投機的なやり取りに疑問を抱きます。

真に豊かな人生とは何かを模索する中、あるとき渡部さんは、「ただ寝るためだけに帰っていた」という自宅のある板橋に、改めて目を向けます。実は自分が住む地域にも、面白い人たちがたくさんいる。顔の見える関係性を広げながら、電力を地域に還元する『地域新電力』のビジョンを構築しました。

渡部さんが新電力の会社で事業化したものは「電気の小売業」のほかに、「再生可能エネルギーの開発」「スマートコミュニティの形成」「電気を原資としたソーシャルファンド」です。地域で電気を生み出し、地域で使う。その利益の一部を地域課題の解決に投資し、地域の活性を図る——電力事業を手段とし、より豊かな社会とあるべき未来を創造すること。これを仕組み化したのが《めぐるでんき》です。

めぐるでんきの電力事業の利益は、福祉・教育・防災・スポーツ振興などに活用されます。めぐるでんきが掲げるスマートコミュニティとは、「多様な価値観を持つ人たちが多様なまま、互いを認め合いながら共に暮らすまちを創ること」。それを実現するために、渡部さんの事務所では、さまざまな交流も行われています。

―「使うか使わないかという選択ではない。誰もが必ず使う“電気”を、『どの電力会社から買うか』という選択ができるのです」と渡部さん。豊島区でみると、一般家庭・自治体・企業等を合わせて年間およそ410億円を東京電力に支払っている計算になるそう。その一部が地域活動に投資されたら…。板橋・豊島の城北地区で始まっためぐるでんきから、今後目が離せません。


アラフォー女子ひとりでもできた!小さくてかわいい家づくり

都心に家を構えようと考え、予算に合う土地で探しあてたのは、わずか車2台分の角地。―「初めて見た時は、本当に家を建てられるのかと心配になりました」と、塚本さんは当時を振り返ります。しかし、建築家が制作してくれた家の“模型”では、予想以上に広い空間が表現されていました。そこでの暮らしをイメージできたところで、塚本さんの小さくてかわいい家づくりがスタートします。

基礎から支柱、屋根ができていく過程を見守りながら、塚本さんは、また不安になっていきます。壁ができ、断熱材を入れる工程の頃は、見に行くたびに狭くなっていく家の中。「本当に住めるんですか?」「大丈夫。最終的には広く感じられるものになりますから」——そんなやり取りを建築家と何度も交わしました。

その不安は、天窓や壁が完成した時に吹き飛びます。「狭くない」というよりも「広い!」と感じたのだそう。限られた空間でも、視覚的な効果でこんなにも広く感じられるのだと、塚本さんは実感することができました。

―「20畳のリビングが欲しいとか、お店のバックヤードを広くしたいとか。わがままをたくさん言ったんですよね。でも、無理なことを言われても、建築家さんは一生懸命検討し、とても楽しそうに仕事をする姿を見せてくれました」。コンパクトなスペースだからこそ得られる、新しい価値を知ることができた塚本さん。その影響もあり、フリーに転身して、家で仕事をするという希望の働き方を手に入れました。

がむしゃらに働いては浪費を重ねる生活に終止符を打ち、それまでのストレスから解放されたことを味わいます。夢に描いていた自分の“城”を持つことと、店主になること。塚本さんは家を建てたことで、自分らしくいられるライフスタイルを実現しました。

―「唯一のマイナスポイントは、居心地が良すぎて外に出なくなっちゃったことかな」といたずらっぽく笑います。塚本さんの理想がたくさん叶った小さな家は、建ててから5年が経つ今も、雑誌やテレビの取材依頼があるのだとか。7坪に広がる空間を感じに、訪ねてみたくなりました。


輸入壁紙と母たちの個性が活きる、クラフトユニット

“小さな仕事”とは、輸入壁紙で“名刺入れ”を作るというもの。日の出ファクトリー設立のクラウドファンディングの支援者たちへ、お礼の品として渡すためでした。のちに、この名刺入れがアットクラフトの看板商品となります。

色や柄が豊富に揃う輸入壁紙から、それぞれが好きなものを選んで作ることができました。ずらりと並んだカラフルな名刺入れを前に、中島さんから「これを売ってみようと思っている」と聞かされた藤井さんたちは、「もっと作り込まなければ“売り物”にはならないが、私たちで改良してみたい」と提案。中島さんに応援されながら、試行錯誤を重ね、改良した名刺入れを“商品”としてマルシェで販売してみることにしました。

しかし、初めて出店した「ぶくろマルシェ」でのお客さまの反応は厳しいものでした。色鮮やかな輸入壁紙が目を引くばかりで、商品としてのレベルに達していない…。そう感じた藤井さんは、もっとお客さまを意識した商品開発を決意。このマルシェをきっかけに、アットクラフトというブランドとして、本格的に始動しました。名刺入れ以外にも商品の種類を増やし、2017年2月からは、文京区の《音羽画廊》で委託販売もしています。

壁紙にはいくつもの材質があり、実際に手に取ったお客さまが、その質感に驚くことがよくあるそうです。輸入壁紙の魅力を多くの人に知ってもらいたいと、壁紙を使ったワークショップも積極的に行ってきました。これまでに、新宿伊勢丹、青山スパイラルでのリノベーションエキスポをはじめ、さまざまな場所に出張。壁紙を選んで作る喜びを、多くの人に味わってもらっているそうです。

立ち上げ当初から、藤井さんをはじめとする4人のメンバーで運営を進め、現在は制作メンバーを含めて8名で活動しているアットクラフト。企画・制作・販売を、メンバーそれぞれのスキルや得意に合わせて役割分担しています。時には子どもを連れて制作をすることも。―「未来にはいろいろな働き方があることを子どもに伝えたい」と藤井さんは語ります。

アットクラフトのロゴに描かれた3枚の名刺はそれぞれ、「母親としての名刺」「1人の女性としての名刺」「社会の中で自分が選択したライフワークを実現する名刺」を意味しています。“小さな仕事”から生まれたアットクラフトの名刺入れが、誰かの“働き方”に一石を投じるかもしれませんね。


元プロが教える野球教室。子どもたちに野球の楽しさを。

温和な笑顔で登場した加藤さんは、プロの世界で闘ってきたがっちりとした身体つきが印象的。しかし、その身体が万全の状態だった期間は、決して長くはなかったのだとか。小学生で野球肘を患い、中学に入ってからは慢性腰痛に。高校に入ってからも大小の怪我が続き、野球人生の3分の1は怪我を抱えていました。

―「でも、それらの怪我の半分以上は予防できたはずなんです」と自身の怪我を振り返ります。なぜ「予防」できなかったのか——。身体の違和感やごく小さな痛みを感じる程度では、多くの人は「まだ大丈夫」と続けてしまいます。自身の「休みたくない」という意思だけでなく、周囲からの「あいつ、大したことないのになんで休むんだ?」といったプレッシャーを感じるから。無理をして、耐えられない痛みになった段階で、ようやく「できない」と訴える。そうなると、完治するまでにより時間を要してしまうのです。初期なら防げたはずなのに…。

辛く痛い怪我のせいで、野球が嫌になる瞬間さえあったという加藤さん。―「スポーツで大切なことは長く続けること。つまらない怪我で、好きだったスポーツをやめないで欲しい」と訴えます。

引退してからの6年間、野球を教えながら、子どもたちができていない2つのことが見えてきました。
・正しい動作ができていない
・体幹への意識が低い
昨今、子どもの体力測定の数値が低下しているのも、身体の使い方を知らないことに原因があると、加藤さんは考えます。

加藤さんは高校時代、体幹の大切さを知る出来事を経験しています。自身にとって一番大きな怪我となる半月板損傷を負ったとき、3ヶ月ほど野球から離れることを余儀なくされました。しかし復帰後、投球スピードが10キロも速くなったのです。それは、野球を休んでいる間に徹底して腹筋背筋を鍛え、体幹トレーニングを行なったことによる成果でした。

池袋野球教室での指導は、大学やプロの時代に加藤さんが体得した“知識”に基づくプログラムです。正しい“動作”と“知識”を、その道のプロなら教えられる上に、プロから教わることで早く上達する。少数グループ制でのコーチングで、室内での指導が可能なことから、ダンススタジオの一角で開講しています。

―「好きなことが上達すると、より楽しくなる。そして、より好きになって長く続けてもらえたら」という加藤さんの言葉には、自身を育ててくれた野球への恩返しの想いが込められています。


建物正面に展示された本物の電車が目印の《丸善 池袋店》。その2階にある、『本を通して人と出会える空間』がコンセプトのサロンには、雨にも関わらず多くの人が集まりました。

文:後藤 菜穂
写真提供:としま会議



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