管理栄養士から漫画家に転身。マンガの世界で食を描く

給食の献立を作ることが仕事となった高田さんは、食材ごとに定められた摂取量を満たすメニューを日々考えました。しかし、栄養バランスを優先するあまり、その献立は子どもたちからは不評で、毎日大量に残された野菜を廃棄することに。子どもたちの好き嫌いをなんとか改善しようと高田さんは、毎月発行する“給食だより”に、ふんだんにイラストを描き、「バランスよく食べよう」というメッセージを伝えるようにしました。給食だよりは子どもたちや保護者の間で反響を呼び、高田さんは、—「献立作りよりも、絵を描く方が人の心を動かせる」と確信し、高校時代に一度は諦めた漫画家の道へと転身を果たしたのです。

こうして「食」がテーマの漫画家を目指し、『たべるダケ』でデビュー。「女の子がただ食べる」を繰り返すストーリーで、月刊!スピリッツに連載され、現在は単行本になっています。好評を博したことで、2013年にはテレビドラマ化もされました。オムニバス作品となり、毎回変わる登場人物は、それぞれが小さな悩みを抱えていて、女の子と一緒にご飯を食べることで元気になります。「誰かと一緒に美味しく食事をすること」に幸せを感じ、ポジティブな気持ちになれる高田さん自身の体験が投影された作品です。

次に高田さんが「食」をテーマに手掛けたのは、「漁師めし」を題材にした『海めし物語』。月刊ヤングマガジンで連載され、単行本の第3巻が2018年4月に発売されます。漁港に足を運び、魚に愛情を注ぐ人々から、魚の知識や美味しい食べ方をたくさん聞いた高田さん。—「同じ種類の魚でも、群れの先頭で餌をバクバク食べてるようなカリスマ性のある魚は本当にうまいんですよ〜!」と語ります。その土地に行かなければ味わえない魚や、わずかな期間だけ水揚げされる珍しいイワシの存在など、魚の魅力を現地で見て味わったことを、高田さんは、余すところなく漫画で表現しました。漁協で取材した、鮮度をキープする“スゴ技”などが、3巻に登場しているそうです。

最近は珍しくなったという手描きの原稿が会場に配られ、参加者は手に取って見ることができました。高田さんの絵と魚の話は、食欲をそそる魅力であふれていました。


つくっておしまいでなく、その後の運用に注力するしごと

「都民住宅」終了対策のプロジェクトから、賃貸住宅の運用(資産運用)を請け負うことになったたなくらさんは、住人を対象に、さまざまな働きかけをします。ワークショップやバーベキュー、鏡開きなど、季節の催事からDIYを楽しむ企画まで、さまざまなイベントを開きました。豊島区が開催した、潜在的なまちの資源の発掘を目的とした「まちのトレジャーハンティング@豊島区」や「としま会議」にも参加し、地域に対するマンションのあり方についても考えるようになりました。

都民住宅の終了を迎えた2017年4月からは、賃貸住宅としての管理運用をスタートさせ、マンションの建物下にある免震装置の見学会や駐輪場を高圧洗浄するなどの住人目線の企画、子どもたちと協力して花壇の整備と、花の様子を伝える黒板係をスタート。その他、イベントスペースの整備や、住人が講師を務める教室開催、シェアサイクルや自転車の洗浄用具の設置など、大家の立場でなければできないことを積極的に取り入れていきました。

2017年10月、住人が主体となって「西池五丁目隣人祭」が開かれ、これまでの活動が結実した形となりました。たなくらさんは、ここを《西池5village》と名付け、「子どもの声が心地よい場所」「シェアリングエコノミー」「大家は住人ができないことをやる」をモットーにその活動を継続しています。—「今がいいだけではなく、ずっと『ここに住んでいてよかった』と思ってもらえるようにしたい」とたなくらさんは語ります。

実は、論語の「素読会」も、定期的に開いているたなくらさん。子どもたちに、孔子が残した道徳的な言葉の数々に触れてもらいたいと、毎月開催しています。自由に楽しく参加できるよう、会の内容も適宜アレンジしてきました。—「道徳の本質は、“常に自己を新しくする”ということ。決して順風満帆ではない私自身の人生においても、常に自己を新しくしていきたい」と言うたなくらさんが次にチャレンジするのは、マンションにおける被災対策なのだとか。新しいものを取り入れ、着実にカタチにするたなくらさんのスタイルは、これからも続きます。


暮らしの近くで表現を。子育てとともに変化するアート活動

遠方での仕事も多かった井上さんですが、一方で、助産師を務める井上さんのパートナーもまた、昼夜、土日を問わず出勤することが多かったことから、二人目の子どもが生まれる頃には、働く時間や場所のやりくりを考えなければならなくなりました。井上さんは、保育園の送迎などがしやすいように、止むを得ず、家で絵を描く仕事を増やし、自分が住む地域で表現活動を少しずつ広げていくことにしました。

受注によってさまざまなイラスト作品を手掛ける井上さんが、中でも力を入れているのが「顔はめ看板」です。イラストが描かれたボードに穴が開けられていて、その穴から顔を出して記念撮影などができる、あの観光地などで見かける看板です。井上さんが作る顔はめ看板は、軽量でコンパクトな持ち運びが可能なもの。小さな面積にいくつもの穴が開けられており、—「そこから何人もが顔を出そうとすると、看板の裏側はなかなか面白いことになるんです(笑)」と井上さん。看板には、依頼主の要望に沿ったテーマが、所狭しと描写されています。

また、イベントやお祭り会場に出向いて「フェイスペイント」も行っています。お客さんのリクエストを聞いて顔にイラストを描いたあと、お返しに、お客さんが井上さんの顔にも一筆描くという企画が好評で、—「お客さんと直接触れ合い、その場で反応を見ることは、どこかにこもって描くことよりも楽しい」と感じるようになった井上さん。対面での創作活動で培ってきた感覚を生かして、さまざまな工作ワークショップを開くほか、《春はのんびりこどものまちをつくろう》 《長崎村の海びらき》などの地域活動にも参画し、子どもたちが能動的に、自ら探究する楽しみを味わう機会をつくっています。

3人の子どもを育てながら、暮らしの近くで表現をするようになり、—「自分自身の日常がとても楽しくなった」と語る井上さん。公園やまち中に壁画を描く活動も広がっています。人の暮らしを描き続ける井上さんの作品を、豊島区のどこかで目にすることができそうです。
《としまscope/まちのシャッターや壁などに、子どもたちと大きな絵を描きたい》


世界で唯一被災地の震災前後の12年間を追ったドキュメンタリー

我妻さんが出会ったのは、宮城県の南三陸町にある、波伝谷(はでんや)という漁村で、2011年3月11日に起きた東日本大震災の津波で、壊滅的な被害を受けた場所の一つです。さかのぼること2005年、当時学生だった我妻さんは、波伝谷の人々を訪ねて回り、昔の話を聞かせてもらったり、さまざまな行事に参加したりして、その記録を、民俗学を学ぶ学生仲間と本にまとめました。その後、波伝谷の人々の魅力に惹かれた我妻さんは、大学卒業と同時に、2008年3月からひとりでカメラを持って波伝谷に入り、記録映像を撮ることにしたのです。

それが、一作目の映画、《波伝谷に生きる人びと》で、震災の3年前から、誰も予期していなかった震災が起きたそのときまでの、波伝谷の人々の生きる姿を描いた作品です。いわゆる被災地という場所に、かつてどんな営みがあったかを撮影した本作品。震災後を追った映像作品が多い中で、結果的に世界で例のないものとなりました。

震災前には約80軒あった家屋が、津波によって一軒を残すのみで、集落はなくなってしまいました。震災当日も現地にいた我妻さんは、—「6年間お世話になった人たちが被災し、果たして撮り続けていいものかと、葛藤がたくさんあった」と当時を振り返ります。しかし、震災後も地域と共に生きようとする波伝谷の人々を見たときに、—「この人たちのことをちゃんと伝えたい」という思いが強くなり、再びカメラにおさめることを決意。こうしてできたのが二作目となる《願いと揺らぎ》です。

震災後、生活も、地域の中の人間関係もすっかり変わってしまった波伝谷。もともとの暮らしを取り戻そうと、地域の中で大切に受け継がれてきた獅子舞の行事「お獅子さま」を復活させる動きを通して、ひとつになりたいという思いがありながらも、すれ違う人々。そして、震災から6年後にようやく足元が固まり、当時の混乱を振り返るシーンまでを追い続けました。—「僕が波伝谷の人たちと関わった12年間を詰め込んだ作品です」と語る我妻さんは、民俗学を学んだ視点で描いた2本の映画が、地域を生きる人々に届くことを願っています。

人・自然・食の物語を紡ぐしごと

その後、栃木のアウトドア施設で料理を教える仕事に就いた蓮池さんは、同時に、里山を案内する、自然ガイドも引き受けることになりました。野山に分け入り、自然と触れ合う中で、気づいたことは、「おいしいものには理由がある」ということ。自然の中で実ったもののおいしさには、その生育状況が大きく影響していることを知りました。どんな植物や昆虫が生息しているかを観察することで、自然界の連鎖が見えてくるようになり、「人と自然と食」が深く関わっていることに衝撃を受けた蓮池さん。この経験から、「自然のことを語りながら料理ができる」を基軸とする料理家を目指すようになったのです。

蓮池さんのアウトドアクッキングは、拾った貝と海水を使ったパスタ作りや、摘んだ山菜を山の中で料理するなど、自然に溶け込みながら楽しむスタイルです。採ったそばから料理して食べるということは、何よりも豊かなものだという価値を広めようと取り組んでいます。山で作るローストビーフなどを紹介するレシピ本《げんさんとよーこさんの山ごはん》など、「外で食べるだけでご馳走に」をコンセプトに、さまざまなシチュエーションでのレシピを提案し続けています。

料理はコミュニケーションのツールになると考える蓮池さんは、オーダーメイドのお弁当の販売やケータリングも行なっています。なるべくその時期の旬の食材を使って、まずは美味しいこと、そして、会話が弾む演出と、美しさを追求することがテーマ。「料理で人の手助けができるなら」という思いで、そのほかにも、なるべく簡単でおいしさも面白さも味わえるレシピを考案しています。

蓮池さんは、料理で日本の文化を支える取り組みもスタートさせました。調味料や乾物といった日本に古くから伝わる「保存食」のさまざまな使い方を多くの人に伝えるために、《蓮池商店》を立ち上げ、味噌や醤油のワークショップ、おせち料理作りのワークショップも開催しています。「人と自然と食」を紡ぎ、食材が本来持つ良さととことん向き合ってきた蓮池さん。その奥深い食の世界に、今後、豊島区のいたるところで出会うことができそうです。


今回会場となったのは、天窓から朝の日差しが柔らかく注ぐ《金剛院》蓮華堂の地下ホール。爽やかでアットホームな空気に包まれたひとときでした。

文:後藤 菜穂
写真:山下 貴久



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