逃げられない場所に身を置くことで前に進んできた。会社員からお菓子の世界へ。

さかのぼること大学時代。ゼミの活動でさまざまな場所に率先して赴き、成果を上げたその経験を活かして、就職活動では単身で活路を見出し念願の大手印刷会社に就職した栗崎さん。会社が求めていた人材は、自らどんどん動く熱意あるタイプ。自分の特性にぴったりだと考えての選択でした。「いろいろな所に出向けば、そこには必ず可能性がある」というこの頃に培った精神が、今の栗崎さんの原点となっています。

強い意志で就職した印刷会社でしたが、栗崎さんは体を壊してしまいます。多忙を極める職種であることは入社前からわかっていたこと。「もっとちゃんとやらなきゃ」とかたくなに自分を追い込み、若さゆえに食事をないがしろにしてまで頑張り続けたのです。

心身ともにバランスを崩したことをきっかけに、栗崎さんは別の道に進むことを決意。模索しながら選んだのは、お菓子作りの世界でした。きっかけは、料理ができるようになろうと通い始めた料理教室で「講師にならないか」と勧められたことでした。調理の腕だけでなく「人前で物怖じせず笑顔でレッスンできる」という基準で声がかかりました。料理以外もと好奇心で受講したケーキコースに思いの外夢中になったことから、栗崎さんはケーキの講師になることを選びました。ところが、工程の多いケーキ作りは時間内にこなすのが大変な上に仕上がりの美しさも求められ、講師へのプレッシャーは大きかったと言います。

―「ケーキの講師は成り手がとても少ないんです。ならば、そこに可能性があるかなと感じました。和菓子も教える人が少ないならやっておこう、とプラス受講して。大変な分やりがいもあるだろうし、自分に向いていると思えたことだから挑戦したかったんです。それに、逃げられない場所に身を置くとやるしかないじゃないですか(笑)」

しかし、決められた時間とカリキュラムの中で丁寧な説明ができないなど、思うようにいかないことも多く、「もっとこうしたい!」と自分の色を入れたレッスンを自宅で開くことを考えるようになりました。

―「私のレッスンだけを『楽しいから』と受けに来てくださる生徒さんが現れて、それでずいぶんと自信がつきました」

料理教室から独立開業も勧められていたことから、栗崎さんは思い切って自宅でサロンを開き、講師業をスタートさせます。サロンの名前は親しみやすくて呼びやすく、自身の名前を入れたい。こうして「くりころん」が誕生しました。

自宅で開く教室は「手ぶらで来て、非日常の楽しい時間を満喫してもらいたい」と、生徒用のエプロンや持ち帰り袋など全てそろえている。

「とにかくドアを叩く」が信条に。動かないと芽は出ないから。

サロンをスタートさせた頃は、夜に開講していたこともあって日中働いている生徒さんがメインでしたが、出産を機に平日の昼間に開講したり子連れでも参加しやすいようにしたりと方向転換しました。必然的に、継続して通ってくれた生徒さんが離れてしまい、「これで良かったのかと葛藤もあった」と寂しげな表情を浮かべる栗崎さん。しかし、ライフステージの変化は認めるしかない。今の自分がしっかりレッスンできる生徒さんに全力を注ごうと思い直したのだそうです。

現在はママたちを中心に親子連れにも喜んでもらえる内容を充実させながら、自宅以外での活動も広がっています。数年前、子連れで一度だけ訪ねた駒込にある《カフェhahaco》(以下、hahaco)との出合いが、栗崎さんの新たな道をつくりました。

―「我が家から距離があったので足が遠のいていたのですが、私がよく参加する《としま会議》に、hahacoのオーナーである小島さんが登壇するという告知を見てびっくり!あの時行ったカフェ、そんな素敵なコンセプトだったんだ!と嬉しくなって、すぐさまhahacoを再訪しました」

オーナーの小島さんはとても親しみやすい人柄で、マーケティングの専門知識もあります。栗崎さんが自身のお菓子作りの活動について話すと、すぐに「うちでも面白いことやろう!」と誘ってくれたのです。「親子の居場所」がコンセプトのhahacoと、栗崎さんのスタンスとがうまくマッチしたことから、2018年、hahaco5周年フェスでのお菓子の販売、文化の日の練り切り作り、クリスマスのシューツリー作り、バレンタインにはカップケーキのワークショップと、立て続けの開催が実現しました。

―「練り切りは大人も子どもも楽しめて、どこで開いても重宝されます。料理教室のあまり目立たなかった和菓子コースの選択が、今になって生きてきたのは嬉しいですね」

写真提供:栗崎さん 
ワークショップのコンテンツは「子どもでも作れるよう、単純な作業だけど達成感が得られて完成度の高いもの」を考案。
hahacoでのバレンタインカップケーキ作りは2月9日(土)開催予定。

栗崎さんは2018年にもうひとつ、大きなスタートを切りました。大塚駅のそばにある《riddle. Coffee&Bar》(以下riddle)で、焼き菓子の製造販売をすることになったのです。カフェのリニューアルの際に「うちのお菓子を作りませんか?」とオーナーから声がかかりました。

―「riddleはとにかく大好きなカフェで、2年ほど前から通い詰めていました。子連れでも入りやすいですし、コーヒーはもちろん、料理もお酒もおいしくて、空間も居心地がいい上におしゃれで。何よりプロに徹するオーナーとスタッフの雰囲気がよくて、どれをとっても大好きなカフェなんです。私の作ったお菓子をriddleに並べてもらえるなんて…。本当に夢のような仕事です」

お菓子をお客様に提供するのはカフェスタッフに任せるため、スタッフの手間がかからず、焼いてから時間が経つほどに味に深みが出るものをと、栗崎さんは毎日のようにriddleに通って試作を重ねました。

―「新たなお菓子の提案も含め、なかなか理想に近づけられず謝ってばかりいたんです。すると、オーナーの福島さんが『栗崎さんの負けん気にかけてますから』と励ましてくださり、それが本当にありがたかった。riddleのおいしいコーヒーに合うものをと少しずつ改良を重ねて、今に至っています」

今はマドレーヌとクッキーとメレンゲの3種がお店のメニューに並ぶ。

学生の頃に培った「現場主義」は今も健在で、さまざまなワークショップやイベントに積極的に出向くようにしてきたという栗崎さん。内容と場所、料金がどんなバランスで開かれているのか、客層や人数など、まさにレッスンの市場調査のために熱心に足を運びました。もちろん、主催者の人柄に直接触れる目的もあります。

―「その人の魅力がどこにあるのか、会いに行くことでわかることがあるし、吸収できるところは吸収していきたい。とにかく私、いたるところのドアを叩くんです。そうやって動かないと芽は出ないと思っていますから」

実は、以前レシピ本の出版もしている栗崎さん。1冊目は2013年のことで、やはりドアを叩いたことから実現しました。気になって訪ねたことでご縁ができたパン職人の方が、出版する時に誘ってくださったのです。

タイトなスケジュールの中でレシピ開発を成し遂げ、その本の世界観をつくる工程で印刷会社時代に得た本作りのノウハウが強みになりました。自分で選択して踏んできた数々のステップと2冊の著書の存在とが、その後の活動において自分の支えになっていることを実感しているそうです。

ちょっとしたことで方向はチェンジできる。まちの人たちとのつながりで自信をつけながら次の一歩を。

riddleでの製造販売を機に、豊島区で開催される様々なマルシェで販売もスタートさせました。出店の前には近郊のマルシェに出向いて入念にリサーチしているという栗崎さん。どんな場所でどんな店構えなら売れるかなど、子どもを遊ばせがてら開催予定の公園に行ってみることもあるのだとか。

マルシェで対面販売することで改善点も見えてきました。好評の「くるみクッキー」以外のくりころんの売りとなる新商品と、地域の方から依頼された今まで使ったことのない素材のお菓子を目下開発中です。

写真提供:栗崎さん

地域で活発に販売を始めたことから、2018年秋にはとしまscopeのフリーペーパー版《としまscopePRESS》の表紙にくりころんの和菓子が起用されました。

挑戦し続ける栗崎さんの「原動力」はいったい何でしょう。

―「布石を打つことはいつも考えています。正直、立ち止まると不安になる、というのもありますが、もうダメだー!と思ったときも落ち込んだときも『今全力でやっておけば絶対に浮上する』と自分を信じています。それに、やるからには納得いくまで突き詰めたい。ワークショップもレッスンも販売も、これだけやったという確信を持ってお客様と向き合うようにしたいんです。当たり前のことですが、それだけかも」

ライフステージに合わせてしなやかに活動スタイルを変化させてきた栗崎さん。今後の活躍も楽しみです。

―「自分がやっていることの規模の小ささを否定した時期もありますが、地道に泥臭くやった結果が“今”なのだから真摯に受け止めようと。そう思えるようになったのは、規模の大小に関わらず自律したスタンスのまちの人とつながり、少しずつ自信を持てるようになったから。方向をチェンジするきっかけは、いつもちょっとしたことなんですよね。これからも『手作りって楽しい』と思えるきっかけ作りをしながら、出会う方々と一緒に楽しく活動を続けていけたら嬉しいです」

周りの人たちと手を携えながら、踏ん張りどころはたとえ孤独でも妥協しない栗崎さん。踏み出す一歩は小さくても、ここぞという時に全力疾走できる機会は、地域という手を伸ばせば届く所にたくさん散りばめられている。可愛らしくて味わい深いくりころんのお菓子をいただきながら、そんなことを感じました。

インタビュー/文/写真:後藤菜穂


お菓子サロン くりころん

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